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そこに在ること

Sany0267 舞台のたれ幕が完成しました。
もうすぐ私の身体表現のふるさと、荒馬座の舞台公演があります。
仕事をしながら座の活動を支援する、準座員活動の25周年をお祝いする舞台。

25周年の節目に出会えた私自身の喜びと、
年々増える準座員の人数を魚に例え、「大漁」のお祝いとかけ、
万祝いの構図を引用し、祝い幕を描きました。

去年の大凧以来の大型作品制作になります。
実は私の中で今回の作品、これまでの過去の作品とは全く違う革命的存在。

時代はさかのぼり、大学院生の頃、
私は絵を描く行為に意味を持たせようと、
そのことで頭がいっぱいでした。

Sany0271 「何のために人は絵を描くようになったの?」

その答えが出た時に、
自分の今やっている行為の意味を、
自身で理解できるんじゃないか、
今思えばこのままやってて意味あるものか、と当時制作活動に不安を抱いていた自分を、
半ば説得させるための探求であったような気もします。

ラスコーの洞窟に絵を描こうと思った人と、
美術館や画廊に作品を展示しようという私とは、
文字でも記録でもない「絵」という表面的な共通点だけで、
根本的に何かが違うと感じていました。

何か忘れてしまってはいけないようなことを、
私は忘れているのかもしれない。
ラスコーの壁画を描いた人たちの気持ちがしりたい。

とにかく、自分の絵を画廊や美術館以外の、
鑑賞することを目的としない場所に
置いてみることからはじめてみました。
公園のシャッター、工事現場の防壁、
レストランの壁、大凧にと絵を描きました。

でもそれらは、今までの作品の延長線にすぎず、
ただ単純に絵が大きくなり、より多くの人に私が描く絵柄を鑑賞してもらいたい、という気持ちに変わりはなかった。

Sany0268 今回の革命的なことって、
「幕」と「芸能」と「人」が一つになった瞬間を見たときの、
お互いの相乗効果。その表現のバランスの気持ちよさ。
幕が時空をゆがめ、芸能によって人が熱くなっていく。

エネルギーの充満を感じられる時、その3つの要素が揃うのは、本当に瞬間。ツカノマ。
そのことが「特別な時間」になった。
それを見た時、感が動きました。

私が描いた絵が周りのモノ達と付着し、違うモノが生まれてくる。
そのおもしろさだったり、その無限性だったり。
それは「描かれた絵柄を鑑賞してもらうもの」という個としての存在が解体されて、
絵柄の意味内容のみにとどまらず、
「絵が何故そこにあるのか」という存在そのものの意味へと、平面の世界から立体の世界へと繋がっていく。

Sany0006 それは、過去に描いた作品とは、
まったく異色の存在だと思います。

私の描いたものが、どういう存在になって、まわりにどういう影響を与え与えられることができるか、
「何が目的で描いているのか」から「何のために存在するか」への探求心。
少し自分の中で、作品をつくるにおいての姿勢がすこしづつ変わってきたように思った、新作です。

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お酒としょうゆと砂糖と愛

01 あけましておめでとうございます。

実家に帰省した際、生後3週間の姪っ子が、「春寒の踏歌」というタイトルの絵の前で寝転がっていた。

全ての生の始まり・その瞬間・直前の「エネルギーのかたまり」を表現したかった、私の卒業制作。

この世界に到着してまだ間もないまっしろな天使が、私が描いたエネルギーの渦の下で寝ている・・・。少し感動した。

あばちゃんは遠くに住んでいるけど、君に元気パワーをいつも送っていますよ~。モリモリー。

09 年末3日間、母の実家、長崎県長崎市野母崎樺島町に居る、じいちゃんばあちゃんに会いにいった。

長崎半島の端っこ、樺島のじいちゃんばあちゃんの生活を、自分が大きくなって改めて体験してみたかった。

3日間ず~っと、かっぽうぎを着てばあちゃんの後ろに付いてまわった。

ばあちゃんの1日は台所にはじまり台所で終わる。毎回7~8人分の料理、1日中誰かの食事を作っている。

02 二人暮らしなのにどうして?その理由はご近所付き合いにある。

ばあちゃんの隣の家は網元の家。そして、一番の友達のようだ。お昼を過ぎると、その友達から何かしら獲れたての魚を持ってきてくれる。それも毎日。

ばあちゃんはその代わりに夕方手作りのおかずを持っていく。

一番得意なことは料理だから、料理でお礼するとばあちゃんは言う。

おとなりの網元さんちと、娘夫婦と、じいちゃんへ。自分はあまり食べず、人に食べてもらうことだけ考えて朝、昼、晩と1日中料理をしてばあちゃんの1日は終わる。

03 最近私の母が、ばあちゃんに、ホームベーカリーをプレゼントした。

12時のお昼に出来立てのパンが食べられるように、毎朝7時にはスタートボタンを押す。毎日のパン作りも日課になった。

出来立てのパンはそのままで食べるのが一番おいしかった。

しかし問題は、パン作りに最適な強力粉がこの樺島で買えるところがないという。

08 私が帰る前日にはお弁当に、と海苔巻きを一緒に作った。

おいしい酢飯の作り方を伝授してもらった。

そういえば、ばあちゃんの料理はなんでも甘い。ものすごい量の砂糖をいれる。

04_2 樺島のお正月飾りを習った。満潮に近い時間にお正月飾りを済ませるようだ。

なぜ、満潮までになのか、どうして餅が三段重ねなのか、私がいつもの調子でどうしてどうしてと質問すると、

「そんなん知らん。ずーっと昔から決まっとっと。」

と。

魚の卵を「まこ」と呼ぶのはどうして?という質問にも同じように言われた。

05 じじばば二人暮らしの家から車で10分くらいのところに、娘(母の姉)夫婦が、無農薬の畑を3年前から始めたそうで、それを見学しにいった。

07 広大な土地をたった3人で運営している。そしてまだまだ手付かずの場所がたくさんあるようで、夢がいっぱいつまっている。エネルギーに満ちた場所だった。

東京の生活に一段落したら手伝いに戻りたいなあと思ったりもした。

06 さっそくこの茎ブロッコリーを採って、ばあちゃんにゆでてもらった。

ばあちゃんの料理のように、とても甘くおいしかった。

3日間で、色々とばあちゃんの手料理を教わった。

なんにでも、醤油とお酒と砂糖はいれる。味の違いは素材の味で。

そして一番大事だなあと感じたことは、誰かにおいしく食べてもらいたいという気持ちを料理に込めること。

誰かが冗談でいってたけど、おいしさの秘訣は愛情だと思った。

醤油とお酒と砂糖と、そしてまごころがばあちゃんの隠し味だったのでした。

私も見習おう。

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